新聞記者になって半年がたった。
ここでは、新人記者の登竜門である「事件取材」と、初めて特ダネをつかんだときの話をする。
新聞記者にとって、最も重視されるのは「どれだけ特ダネを書いたか」だ。
特ダネという言葉は有名だが、それがどう生み出されているか知らない人は多いと思う。
今回は新人だった私の経験に基づいて書く。
ただ、内幕を全て明らかにしてしまうと迷惑がかかる人がいるので、重要部分は隠しながら書くことを理解して欲しい。
1.新人記者が経験する警察担当

地方に配属された全国紙の新人記者は事件取材を担当する。
理由は「体力勝負だから」とか「報道倫理を鍛えられるから」などと言われている。
他にも色々あるが、「事件取材ができる記者は、どの現場でも通用する」と考えられているのは確か。
逆に事件取材を経験していない記者はどこに行ってもナメられる可能性すらある。
事件取材とは、
- 有名人が逮捕された
- 車がコンビニに突っ込んだ
- 裁判で被告が事件について語った
- 犯罪被害者がフォーラムを開いた
- 火事現場での感動的な救出劇があった
- 台風による大雨で大規模な土砂崩れがあった
こういったニュースが担当分野だ。
事件や事故以外に、それに絡んだイベントや社会問題の取材も取り扱う。
事件に気付いたら現場に駆けつけて周囲から話を聞いたり、これからどんな捜査がされるのかをウォッチする。
つまり、警察、検察、消防の動きを四六時中追っているというわけだ。
主に警察を担当するので、「サツ回り」と呼ばれることもある。
特殊な仕事だが、やっていることは会社の営業と同じ。
警察本部や警察署内に知り合いをたくさん作り、事件があれば、その人に情報を教えてもらって記事を書く。
未公開情報を書くことができれば「特ダネ」だ。
電話一本で特ダネを取るベテランがいれば、何十年も働いて1本も書けない人もいる。
特ダネの取り方は様々で、新人記者はできるだけたくさんの警察官に接触するように教育されることが多い。
私の場合は、担当していた18の警察署に挨拶にいき、毎日欠かさず3回の電話をした。
電話を通じて警察官と仲良くなることが目的だ。
どんなに忙しい日も、休日も一度も欠かしたことはない。
もちろん、初対面の人に電話をかけるので、会話が盛り上がるように工夫するのは大変だった。
警察官とは親子ほどの年齢差があるが、地域の事件の話をしているうちに次第にプライベートの話が多くなり、次第に警察官との距離が近づいてくる。
雑談に慣れた頃には、警察署管内の治安状況、警察が使う隠語(家宅捜索=ガサ入れなど)がなんとなくわかるようになっているというわけだ。
こうした事を半年間も続けていると、警察官から電話番号を教えてもらったり、「たまには飲みに行こうか」と誘われるようになる。
飲みに行ける関係を作れるようになると、警察取材の第一段階が終わる。
この段階にたどり着くまで、私は約半年かかった。
2.初めて特ダネを書いたとき

「特ダネ」は急に舞い込んでくる。
私の場合もそうだった。
ある日、ウマがあう警察官から1本の電話がかかってきた。
警察官A「今度、珍しい事件を摘発するけど興味ある?」
すぐに警察署に行くと、取調室に通され、押収された証拠品や調書などが広げられていた。

実はこれは子供を中心に流行していたアニメに絡んだ犯罪で、摘発されれば全国初だった。
これらを上司に報告し、「特ダネ」を打つことに成功した。
もちろん、捜査に支障のないタイミングを狙って。
これは同期初の特ダネとなり、紙とネットで大きく拡散されることになった。
私も会社からも表彰された。
3.特ダネは信頼関係から生まれる

だが、ここで引っかかることがある。
「なぜ私に捜査情報を教えてくれたのか」だ。
たまたまウマがあったから? 事件を新聞に載せたかったから?
警察官からすると守秘義務違反にあたるので、教えるメリットは大してない。
色々考えてみたがわからなかった。
事件が落ち着いた後、その警察官は理由を私に話してくれた。
それは私の入社直後に遡る――。
配属直後のある日、戦後まもなく殉死した警察官を追悼する行事があった。
だが取材に来ていたマスコミは私一人だった。地元紙も多忙で取材を断っていた。
あとで気付いたことだが、この行事は毎年恒例だったため、ニュース性が少なくて、ないがしろにされていた。
通常、マスコミには日々プレスニュースが来ており、記者は自分で取材スケジュールを決めることができる。
新人記者は普通、上司と相談して取材スケジュールを決めるが、この取材に関しては上司から取材の必要はないと言われていた。
だが自社で取り扱ったことのない行事ということがわかったので、私は自分の判断で取材して記事を書いていた。
警察官は実はこの行事に関わっており、私がいたことを覚えていた。
警察官A「我々はこの仕事にプライドをもっている。殉死した人にも敬意を払ってくれたあなたに恩返しをしたかった」
また、特ダネとして大きく報道されることで、ニュースがたくさんの人の目に触れ、注意喚起にもつながるということも説明してくれた。
多くの特ダネは、「伝えたい」という強い思いが根底にある。
そして、相手との信頼関係がないと情報は得られない。
これは自分を大きく成長させてくれたエピソードだと思う。
マスコミとは取材対象との騙し合いを繰り広げるイメージが強かったが、180度見方が変わった。
この取材を境に、私のもとには特ダネとなる情報が舞い込んでくるようになった。