新聞記者の仕事はわかりにくいので、疑問に答えるシリーズを始めました。
今回は「なぜ記者が夜討ち朝駆けをするのか」についてです。
聞いたことがあるかもしれませんが、ドラマなどで描写されることは少ない「夜討ち朝駆け」。
一方で、日本の記者文化に深く根付いています。
働き方改革は進む現在も、ほとんどの若手記者が夜討ち朝駆けを続けているんですね。
私は大手新聞社に5年勤務し、地方の警察担当のリーダー(県警キャップ)や中央省庁を担当しました。
これらの働きが評価され、政治部に異動した経験もあるので、記者の現場について詳しく説明できると考えます。
目次
なぜ記者は夜討ち朝駆けをするのか

まず、「夜討ち朝駆け」について。
通常、以下の行為のことを指します。
新聞記者などが、予告なく早朝や深夜に取材先を訪問すること。
引用元:コトバンク
「夜回り」「朝回り」とも呼ばれます。
他社よりも詳しい情報を得るために、早朝や夜に自宅にこっそり訪問して、情報を聞き出す手法ですね。
一般的に夜討ち朝駆けは、警察官、検察官、裁判官、政治家、官僚、大企業社長など、極秘情報を握っている人に対してなされます。
そもそもマスコミの公式に取材できる機会はこの2種類しかありません。
- 記者会見
- インタビューの申し込み
犯罪捜査や政策決定の舞台裏などは記者会見で明かされませんし、広報課や広報部以外へのインタビューは断られることがほとんど。より詳しい情報を得るためには、夜討ち朝駆けをせざるを得ないのが現状です。
ちなみに私は夜討ち朝駆けが大嫌いでした。
早起きも苦手、夜も早く帰りたい。1回1~4時間待つのがざらですし、特別な手当てもつきません。
そもそも初対面の人にいきなり話しかけても、大体無視かおざなりな対応をされて1分くらい終了です。
夏は暑く、冬は凍えながら取材対象者を待ち、警察に通報されることだってあります。
それでも夜討ち朝駆けがなくならないのは、以下に述べるマスコミのカルチャーも関係しています。
その①:「スッパ抜き」が評価されるから
他社が報じていない情報を発信することを「スッパ抜く」「特ダネ」とも言います。
実は新聞、テレビなどで最も評価されるのが、この「スッパ抜き」です。
- 〇〇社長を脱税容疑で逮捕の方針
- △△年前の未解決事件、ついに解明へ
- □□氏が県知事選に出馬の方針
- ◇◇銀行が××銀行、来年経営統合へ
どんな事件や政策も、内部で多くの会議や熟慮を重ねて決定されます。
これらを記者発表前に知って報じることができれば、他社に大きな差をつけることができます。
「特ダネがとれる記者」=「仕事ができる記者」という構図は不変です。
情報を取れる記者は大事にされます。
マスコミで出世した人は必ず「自分が報じた特ダネ」があると言っていいかもしれません。
その②:夜討ち朝駆けの情報が読まれる(とされている)から
捜査が紆余曲折したこと、政策決定の選択肢がいくつもあったこと、選挙の本当の勝因ーー。
これらは、記者会見では明かされません。
しかしこうしたプチ情報が、読者視聴者の琴線に触れることはとても多いです。
ネットニュースが発達した今、各社はPV(ページビュー)を稼ぐことに躍起になっています。
公式の発表だけでニュースを書くと、どの社も全く同じ内容になってしまいます。
殺人事件を例に挙げると、記者会見では以下のような、とても簡素な内容しか明かされません。
- 被害者と容疑者
- 逮捕容疑(容疑者は1月1日午前10時、東京都の路上において、被害者を刃物で刺して失血死させた疑いなど)
動機はなんだったのか、容疑者は何と話しているのか、この事件は止められなかったのか、、、様々な疑問がわくと思います。
夜討ち朝駆けは、捜査員にそういった疑問をぶつける場でもあります。
非公式の場で得た情報を織り交ぜることで、ニュースに付加価値をつけています。
そもそも記者会見だけの情報では、長い原稿を書くことができません。
その③:取材先と仲良くなる術がない(少ない)から
記者は情報のネットワークが命です。
できる記者こそ、ここぞという場面に備えて、自分独自のネットワークを作っています。
夜討ち朝駆けは、ネットワークを広げるためにも使われます。
記者は普段、官公庁や大企業の職員と知り合う機会がありません。
ましてや優秀な職員が記者に近づいてくることはありえません。
夜討ち朝駆けは、人間関係を作るきっかけにもなります。
その④:チキンレースと化している
一方で、こうした夜討ち朝駆けは取材先には迷惑となるうえに、「時間が経てば記者発表されるのに、早く報じる意味がない」「記者の単なる自己満足」という批判もあります。
電通社員の自殺、NHK職員の過労死などでメディアでは働き方改革が叫ばれています。
しかし、「夜討ち朝駆けは熱心さの証」ともいわれ続けていることも事実です。
夜討ち朝駆けを辞められない理由は「他社が特ダネを報じたら、追いかけないといけない」という習性があるからかもしれません。
現場の記者からすると、他社が報じた内容を無視するわけにはいかないのです。
上司にも怒られますし、上司は会社から詰められます。
読者が新聞購読を辞める、チャンネルを変えるきっかけにもなります。
そのため、他社に負けても早くリカバリーできるように、情報提供者をたくさん作っています。
夜討ち朝駆けは縮小している?

マスコミの中には、夜討ち朝駆けを減らそうという動きももちろんあります。
なぜなら、夜討ち朝駆けのせいで仕事を辞める若手記者が続出しているからです。
ひと昔前と違って、マスコミは高給、将来安泰、尊敬される職業ではなくなってきました。
激務を我慢するメリットがなくなっているんですね。
また夜討ち朝駆けをすると、労働時間は1日16時間ほどになり、ワークライフバランスを求める時代の流れにも逆行しています。
オールドメディアはやっと記者の働き方改革を考え始めたばかり。
現在は目先の利益を考えることで精いっぱいなので、抜本的は変化は当分訪れそうにありません。